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共生(ともいき)のデザイン読了

AgileJapanの基調講演で講演した枡野俊明さんの本。僧侶であり、庭園デザイナーでもある枡野さんの話が面白過ぎて、なんと講演中にAmazonから購入してみた。 世の中凄いね(笑

枡野さんは禅の教えを庭園のデザインに取り入れている。 平均プロジェクト期間が3年半というだけあって、短期の視点ではないモノ作りの姿勢が見える。

以下心に残ったところを書いておく。

「仮組み」こそ命

本当に大切なのは、場で感じる「感覚」。それをきちんと再現するために、石組みにしても数奇屋にしても、仮組みとは本来欠かせないプロセスなのです。

実際にやってみないと分からないっていうのは確かにそうだと思う。 なので素振り重要なんだね。

「こうしてやろう」と思わない

デザインは見せてはいけません。 その下で、その裏で、いかに緻密な計算があろうと、それを訪れる人に感じさせないようにするのが一番大事なのです。

Before/Afterの人に教えたい言葉(笑 ちょっとあれはやり過ぎな感じがする。

訪れる人のこころをデザインする

庭園をデザインするとき、大きく三つ、考えることがあります。それは、
「そこをどういう状況で使う(訪れる)のか」
「誰が使う(訪れる)のか」
「どういう心の状態でそこを使う人が訪れるのか」
の三つです。

以前「飲み会の割り勘アプリ」を考えたことがあったが、その場合にどういう心の状態、体の状態というのを意識した。ペルソナ+心と体の状態みたいなイメージで考えた。 誰がというところまでは結構考えるのだが、そこからもう一歩となるとなかなか出来ないなぁと感じている。

「自我」よりも「仏性」を

禅が入ってくる前から「山川草木悉皆成仏」という言葉がありました。草も木も山も川も皆、心がある、これを仏教では「仏性」があると言うのです。

他の宗教を批判するつもりはないけど、日本のアミニズム~八百万の神という考えはとてもいいなぁと思ってる

「無常」をデザインする

日本は「とどまらないこと」が美しいのです。モノが変化していくことが美しい。つまり、この「無常」をデザインすることが、大切なのです。

なんか枡野さんの本でこれが一番響く。 無常をデザイン。たぶん昔から日本では行われていたことなんだろうなぁ。

「簡素」、素朴で単純な中の豊かさ

何事も足していくことはたやすいことですが、引いていくということは、大変勇気のいることです。これを行うには余程の経験と、それに基づく自信がなければ、容易にできません。

これは本当に難しいよね。 沢山足していった方が安心なんだろうなぁって思う。 100個機能つけたけど、これでミートしなかったら仕方ないわ、っていう感じかな。 すると言い訳のための機能ということなのだろうか・・・

排除しない

十人十色、さまざまなクセや違った志向があるからこそ、お互いに引き立てあえて、お互いが存在します。一人で存在しているわけではありません。

禅の梅の木の話

禅的な発想では、縁は風のように、全員に平等にくるものです。しかし、そこでその縁を受けて花を咲かせられるかは、日頃の精進次第ということになります。原因がなく、縁だけきても、原因がないから因縁が結べないままです。

準備重要!素振り重要!

世界に敏感になる

たとえばお店などに入って居心地が悪かったら、なぜこの空間は居心地が悪いのか、どうしたら良くなるのか、考えるようにといいます。 世界に敏感になって、頭の中でそれを自分で言語化するということをやり続けない限り、何かを伝えるための澄んだ心を保つことは、困難なのです。

判断は後に残さない

その場その場で全て解決し、後に積み残さない。 その判断はたとえ誤りであったとしても、「残さないようにする」ことのほうが、大事だと思います。

これは半分賛成半分反対かな。 条件が出揃う見込みあるなら待つこともあり。出揃う見込みないなら待つことなく判断をするのが良いと思う。実際は色々な局面で意味も無く判断を延ばしてしまうことが多々あるので、早く判断できるようにしないとと思った。